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2013-01

すすきとセイタカアワダチソウの話 - 2013.01.15 Tue

私はセイタカアワダチソウのアレルギーだからキライなんですが、「学びネットあいち」に、こんな良い話が載っていました。

こんな植物です ↓
せいたかあわだちそう

セイタカアワダチソウの盛衰

戦後になって入ってきた植物にセイタカアワダチソウがあります。
黄色い花が以前に比べて小さくなっていると思いませんか。
セイタカアワダチソウは地表から深さ50センチくらいのところにある栄養をとって成長します。
我々が歩いている地面から50センチくらい下のところに、どのようにして養分が蓄積されたのでしょう。
日本にはモグラとネズミがいて、これらの動物が土のなかで生活しています。
そのモグラが土のなかで生活をしている位置がちょうど深さ50センチのところなのです。
セイタカアワダチソウが入ってきたような日本の川の周辺は、モグラやネズミの住みかです。
だからちょうど地下の50センチくらいのところには、モグラやネズミが何年も何年もかかって、
生活することによってたくさんの肥料を蓄えていました。
日本の植物のなかには、50センチという深いところの肥料を栄養にして成長していく
植物がありませんでしたので、まだ手つかずのまま肥料が残っていたのです。
 

日本に入ってきたセイタカアワダチソウは競争相手がいないので、いっぱいある肥料によって大きくなりました。
一番大きくなったときは4メートル50センチにもなりました。
そして、セイタカアワダチソウが花粉をまき散らすので喘息(ぜんそく)の原因になると我々は
大騒ぎをしました。
我々は花粉をまき散らさないようにセイタカアワダチソウを切りました。
冬には、セイタカアワダチソウが枯れていき、枯れるとそこの土に堆積されていきます。
昔は枯れた植物を食べるモグラやネズミがいましたけれども、日本では農作物を荒らす動物として
モグラやネズミを追い出してしまいました。
だから枯れた植物を食べるモグラやネズミがいませんから、土の上の枯れた植物はそのまま
そこに置きっぱなしになります。
セイタカアワダチソウは、地表から50センチの深さのところから肥料を運び出してきては、大きく成長し、
枯れてしまうということを繰り返すうちに50センチの深いところにあった肥料を使い尽くしてしまいました。
その肥料がなくなれば、10センチの深さのところから肥料を取ればいいと思いますが、
そのように植物のしくみはできていないのです。
どんなに小さなセイタカアワダチソウでも根っこが深く入る植物ですから、10センチのところから
肥料は取れないのです。
肥料がなくなって途端にセイタカアワダチソウが小さくなりました。
そのようなわけで今では花生けに使えるほどかわいらしいセイタカアワダチソウの花があちらこちらに
咲いています。
セイタカアワダチソウが自分でだんだん小さくなるまでに、ちょうど30年から40年かかりました。
セイタカアワダチソウが日本を侵略して、日本の風土になじんだ姿を今、我々は目にしているのです。


 セイタカアワダチソウは自分たちのすむのに都合のいいようにしようという生物の本能を働かせ、
土壌を改良しながら育っていったのです。
セイタカアワダチソウが苦心して改良した土地は、日本の古来からあるお月見のときのススキ、
オギという植物にとても都合のいい環境です。
それでセイタカアワダチソウが一生懸命茂るために改良した土地へ、ススキやオギが入り込んでいます。
少し観察力を働かせて見ていただきますと、近年周辺にすごくススキが増えたことに気付かれるでしょう。
それは水質の汚濁だとか、土壌の汚染だとか、大気の汚染だとかではなくて、
生物が土との関係で組みかえてきた変化があらわれたのです。
鉄道の沿線でもかつてはセイタカアワダチソウがあったところにススキがひらひらと、秋のお月様のころに
白い穂をつけるようになりました。
たぶんススキが優勢になっていくのが、まだ30年、40年と続くのではないかと思います。


 日本の秋を彩るのにヒガンバナがあります。ヒガンバナは田んぼの畦(あぜ)に植えてあります。
昔、農村地域には60年から、40年に1回、必ず凶作といって、お米ができないときがありました。
凶作のときに村の古老が、ヒガンバナの根っこを掘り出して、毒抜きをし、それをカタクリとして食べたのです。

ところで、ヒガンバナがはえているところには、雑草が茂らないという利点があります。
そのために田のあぜではヒガンバナを植えたしていきます。
そして、雑草が茂らないということは、そこにはネズミやモグラがすんでいないということです。
雑草が茂らないと、ヘビも少なくなります。

 ヒガンバナの植わっている付近の川を探索していただきますと、かつては日本ではオオサンショウウオが
すんでいました。
凶作になりますと、オオサンショウウオを穴から引っ張り出してきて食べることがあったのが水田の文化です。
オオサンショウウオ、通称ハンザキといいまして、白身の魚に似た味がします。
そのような文化が残っているところは、例えば、愛知県では犬山市です。
頭首工の大きなブロックの中にオオサンショウウオが生息しております。
三重県、それから兵庫県にも京都府にも、オオサンショウウオはたくさん生息しています。
オオサンショウウオは天然記念物に指定を受けて今では食べることができませんけれども、
食べていたということが根だなしにしないことになったのではないでしょうか。
このような生物と共生するにはどうしたらよいかということを研究しながら、やっていく時代が来ています。

以上、学びネットあいち より

http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/top.asp
私は愛知県民ではありませんが、時々拝見するサイトです。

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